帰宅後めちゃくちゃイジられた


 コツコツと雨が窓をたたく音がする。それから時計がカチコチ時を刻む音、ドタドタと二階を走る音(たぶん五男)や、パラパラとページをめくる音(これは長男)もする。
 顔を上げれば、寝そべって漫画を読む長男に隅っこで音楽を聴く四男、ちゃぶ台で書類を睨みつけている三男が目に入る。
——静かだなぁ。
 六男はスマホを置き、ううんと伸びをした。

 松野兄弟は自他ともに認めるニートである。普段はパチンコへ行ったり買い物したり、自分の日課に没頭する者もいれば一応就活する者もいる。各々が思う存分に好き勝手している毎日だ。
 そんな彼らが昼間からこれだけそろっているわけは、いたって単純な話、天気が悪いからである。
 SNSを駆使する六男のトド松は、今日この日に向けてトレンドのコートだのスタバァの新作だのと気になる情報をチェックし予定を練り上げていた。しかし天気予報の確認を忘れていたと気付いたのは、ウキウキで玄関を開けた矢先に雨が降ってきた時だった。霧吹き程度の小雨であったが、トド松の気力をぐにはそれで充分だった。
「……おそ松兄さん、今日は家で大人しくしない?」
「さんせー」
 パチンコに行こうとして隣に並んだ長男と顔を見合わせ、苦笑しながらそっと引き戸を閉めた。
 ニートとは繊細な生き物なのだ。その日の天気で予定をすんなり放棄するくらいに。

 気付けば雨の音がコッコッと速くなっている。これはその内どしゃ降りになるパターンだとトド松は予想を立て、出掛けるの止めてよかったと胸を撫で下ろした。
 次いで思い出したのは朝から出掛けている次男のこと。今日も彼なりのパーフェクトファッションでカラ松ガール探しに繰り出すのを、寝起きの目をこすりながら見送ったのだ。
 いつものこととは言えどあのファッションセンスどうなんだろうか。ドクロジャケットにスパンコールパンツ、そして似顔絵タンクトップ。トド松にとって五人の兄弟達はそれぞれ別のベクトルで理解不能な部分があるが、中でも訳分からなさが突出しているのが次兄である。つーかカラ松ガール探しって言いつつ兄さん待つ側だよね。探してないよね。
——って違う違う、気になったのはそこじゃなくて。

 カラ松兄さん、傘持ってってたっけ?

「雨めっちゃ降ってきた!」
 スパーンと勢いよくふすまを開け放つなり、開口一番に十四松は言った。目がキラキラしている。嫌な予感がしたトド松は先手を打った。
「うん、降ってきたねー。ねぇ十四松兄さん一緒にスマ○ラやらない?」
「やるー!」
「じゃあ準備しよっか。おそ松兄さんと一松兄さんもやろうよ」
「おーいいね、暇してたし」
「……まあ、いいよ」
 十四松が部屋の奥にすっ飛んでいく。それに続こうとするおそ松と一松が立ち上がる際、トド松ナイスとそれぞれアイコンタクトを送ってきた。
 これほどの大雨の中に出掛けてしまえば、十四松なら間違いなく泥のかたまりになって帰ってくる。するとどうなるかなど自明の理で、家の中が見るも無残なことになるのだ。後に帰宅した両親にこっぴどく叱られるし、掃除も自分たちでしなくてはいけない。泥臭い布団で寝るのはごめんだ。あと掃除もめんどくさい。だいたい途中でサボりなりケンカなりして終わらないに決まってる。
 すべて二十数年の経験則である。
 ハードとソフトを取りに行ったりお菓子やビールを持ってきたりと各自準備に取り掛かる中、トド松はさっきから動かない三男に声をかけた。
「チョロ松兄さんどうするー?」
 すると三男・チョロ松は、おもむろに持っていたペンをちゃぶ台へ叩き付けた。バン、と思いの外大きな音にトド松は首をすくめる。
「ちょっとコンビニ行ってくる」
 それだけ告げて、チョロ松は返事を待たずにスタスタと居間を出ていった。
 ピシャンと戸が閉まる音を聞いてから玄関をのぞくと、傘立てから緑と青の二本が消えていた。
 
「かなり切羽詰まった様子でしたがどう思いますか、解説のおそ松さん?」
 いつの間にか隣に来ていたおそ松に、マイク代わりのスマホを向けるリポータートド松。
 解説員おそ松は、眉間にしわを寄せてわざとらしく咳払いをした。
「えーそうですね、いくつか奴はミスを犯しました。まず、十四松がスパーンと襖を開けた場面をスルー。まぁこれは良しとするにしても、その次の『おーいいね、暇してたし』の場面では、十八番おはこの『暇ならハロワ行け』発言がありませんでした。発言者がわたくしおそ松であるにも関わらずです。この時点でこちらに気が向いていないことは明白となりました」
「チョロ松にーさんワンアウトー!」
「確かにわたくしが声をかけるまで全く動きがありませんでしたね。ツッコミ役にあるまじき愚行です」
 立て板に水を流すごとくペラペラ話すおそ松に、うんうんと頷いてトド松も同意する。十四松はくるくる回っている。
「さらにはコンビニへ行くと言ったのに財布を持っていきませんでした。こちらが奴の財布です」
 赤いパーカーのポケットから出てきたのは緑色の財布。言わずもがなチョロ松のものである。
「カードもほら、ご覧の通り財布の中」
「財布を忘れたことにも気付かないとは……ちなみにいくら入ってたの?」
「五円」
「消費税分すらないとかないわー」
「そういうお前の財布にはビール瓶の王冠しか入ってないだろーが。さて、ここまでで二つのミスを暴きましたが、これらはまだ『うっかりしちゃってたてへぺろ☆』で済む範囲です」
「チョロ松にーさんツーアウトー!」
 てへぺろ☆の部分でトド松と、丁度ゲーム一式を抱えて居間に戻ってきた一松がうわぁ……と引いた声を出したが、おそ松は華麗にスルーする。十四松はごろごろ転がっている。
 ノリに乗っているおそ松は人差し指をピンと立て、しかし、と声を潜めた。
「残る一つ、これは奴にとって最大にして最低のミスなのです……それは……」
「そ、それは……?」
 ごくり、トド松は息を飲んで言葉を待つ。
 おそ松はニヤリと口角を持ち上げた。
「それは……これだ!」
「ジャッジャジャーン!」
 十四松の効果音付きで広げられたのは、何も書かれていない・・・・・・・・・履歴書だった。さっきまでチョロ松が睨み付けていた書類だ。
 それを見た一松があれ、と首を傾げる。
「……僕が起きたときはもうそれ広げてたけど」
「俺も見た。それから一時間は経ったのにこの通り、一文字も書かれていない。これは有効かつ切り札となる物証だぜ……一松の証言もある……ふふふ抜かったなチョロ松!」
「チョロ松にーさんスリーアウト!­ チェンジ!­」
「ぎゃー! ちょっ飛び回らないで十四松兄さん!」
 十四松をいさめながら、トド松は横目でおそ松と一松を盗み見る。
 なんせ、三男をこすり倒す事にかけて右に出る者はいない長男と次男絶対イジるマン四男だ。そして自分は自他ともに認めるドライモンスターである。
 
 これは面白いものが見れる。
 
 ス○ブラすっぺー! とはしゃぐ十四松以外の三人は顔を見合せ、イタズラをする時のような悪辣あくらつな笑みを浮かべた。